7月19日現在、高山駅改築状況

高山駅西に鉄筋の駅舎の姿が現れてから約1週間。

駅東側にも鉄骨が姿を現しました!
クレーンも立ち、いよいよ本格スタートです!
駅西から駅東を望む。
駅西の鉄骨は相変わらず。
留置されていたキハ85-1103のライト回りには塗装はげが…
キハ85-1103
高山駅、これからどうなるのか、楽しみです♪

“7月19日現在、高山駅改築状況” の続きを読む

終戦70年。木製戦闘機 キ106。

終戦70年。

当時を知る人が少なくなり、当たり前の平穏な日常を過ごしている今日。
岐阜県立高山工業高校 電子機械科の生徒さんが木製戦闘機キ106の再現模型を発売しました。
戦中の戦闘機や武器の情報は米軍の指示等により、破棄されたものが多く、生徒さんたちは情報を集めるのには苦労したことと感じました。
模型キット表紙

太平洋戦争末期、戦闘機に使われる金属類が少なくなり、木で戦闘機を作る話が持ち上がりました。そんな中、高山航空工業株式会社(現:飛騨産業株式会社)や高山航空工業学校(現:岐阜県立高山工業高校)飛行場の研究員の手により木製戦闘機キ106が試験的に作られました。
この戦闘機は『疾風』という名で有名なキ84をベースに作られたため、外観はキ84とほぼ同じです。
70年前の1945年7月頃、高山で作られた1号機が東京 立川飛行場へ空輸され、飛騨高山製のキ106が誕生しました。
1945年8月15日、高山上空を試験飛行予定だったが、終戦により実現することはありませんでした。
機体が重いため、性能は悪かったそうです。
そんな幻の木造戦闘機キ106を組み立ててみました。
スケールは30分の1です。主翼幅はおよそ40センチ程度、そこそこ大きいです。
前面から

全体像


プロペラも風で回ります
資材がなく、敗戦が濃厚になっていたにもかかわらず、あらゆる手段でものを作り上げる日本の匠の精神は素晴らしいと思いました。
そして、同時に、そこまでして戦う必要があったのか?国民のために降伏を少しでも早くするべきであったのではないか?と疑問に感じました。
70年前というと資料が少なくなり、ご健在の人が少なくなっています。
これからのことを考えて、平和を見つめ直すきっかけになった気がします。
ここに記載したキ106についての概要は『木製飛行機キ106パズルキット』組み立て説明書に記載してあることを抜粋させていただきました。

“終戦70年。木製戦闘機 キ106。” の続きを読む

高山駅西が…

高山工業高校さんの木造戦闘機の復元模型を買いに行った帰り、

高山駅西にふらっと立ち寄ったら…
何か建ってる!!
いよいよ高山駅西口の鉄筋が姿を現し始めました!!
市営駅西駐車場にて
西口のほうがやはり早いですね。
1週間前は基礎のみだったですが、もう形ができております。
工事フェンスの間から…
写真中央に階段とエスカレータをのせる鉄筋も見えますね。
跨線橋を渡ったら、キハ25が2編成が同時にやってきました
4714C (P2) 右1826D入替中 (P106)
キハ25が2編成むかってきました。
これからの当たり前の風景です。
高山駅、これからどうなるか、記録を残していきたいものです。

“高山駅西が…” の続きを読む

キハ25、本格始動。

キハ40が引退。翌日の朝からいよいよキハ25が本格的に運用されましたね。

一晩で一気に変わった風景。寂しさと新鮮さが交錯します。
キハ25とひとえに言ってもいろいろあるもので…
転換クロスとロング、どちらに当たるかはお楽しみといったところでしょうか…
キハ25-0(P0)を見てみよう、ということで、早速、撮りに行きました。
左:4711C (P2) 中央28D 3両増結中 右1826D (P106) 高山駅にて
LED方向幕とスカートの仕組みが若干違うだけでそれほど差はないですね。
これからの高山本線のメンバーになります。
4714C(P3) 高山駅にて
3番線から美濃太田行きが出ます。これはP0でしたね。
バランスの取れたお顔です。
P100も転換クロスにすればよかったのに…とつくづく思います。
これからはキハ25が顔を揃え、駅舎は近代化された高山駅の風景になりますね。
時代の移り変わりを肌で実感しました。

“キハ25、本格始動。” の続きを読む

飛騨路のキハ40。36年間お疲れ様でした。

ついに、引退しましたね。岐阜駅のラストラン列車はにぎわったようですね。

高山のほうでは、いつも通りの静けさの中、出発したようです。
私の一眼の中で最期のキハ40は1722Dのこの1枚です。
2015年6月30日 1722D 高山ー飛騨一ノ宮
これをもって、東海のキハ40を撮影することはないでしょう…
1722D通過後は、キハ40ラストであることの実感が湧きませんでしたが、
翌朝、目が覚めて、いつもの1710Dが通過したとき、あの重たいキハ40の通過音でないことに、あぁ、もう無くなったんやな…と実感させられました。
でも、キハ25-0が通過したときは、何だか、テンションが上がる自分もいて…
これが置き換えというものなのだな、と感じました。
これからはキハ25を受け入れていきましょう。
また30年ほどたったら(それより短いかも)、キハ25のラストランもやってきます…
その頃にはロングシートは最悪やったけど、それも愛しいなぁ…なんてこともあるかもしれませんね(^▽^;)

本当にお疲れ様でした。

さよなら動画、作りました。
今時としては画質も悪いし、下手くそですが、見ていただければ嬉しいです。

高山本線 キハ40 さようなら、ありがとう。

“飛騨路のキハ40。36年間お疲れ様でした。” の続きを読む